水中を飛ぶ

漫画・本・映画・ゲームなどの感想。メルストプレイしています。自分のキャラ模索中。

【感想】「追想の探偵」を読んだ

追想の探偵

追想の探偵

 

特撮雑誌編集者の神部実花。彼女の特技は「人捜し」。自分の記事を書くため、人を巡り記憶を辿り、もう見つからないかと思われた人を探す話。

 

 

物語の中で主人公神部実花はこう言っている。

「私一人の力ではありません。さっき申しました通り、いろんな人のお力や運に助けられました」

私は世の中一人ではできない仕事、運によらない仕事など殆どないと思っているが、彼女の仕事はまさにこの言葉通りのものだ。

 

彼女の仕事は、特撮という世間一般ではマイナーなジャンルを取り扱う雑誌の編集長だ。ほぼ一人で雑誌編集をこなす彼女は、雑誌の一面にするための特ダネを求めて、また貴重な写真の掲載許可を得るため、業界内を走り回り、人捜しを行う。

 

彼女が追い求めるのは、かつては伝説の技術者、あるいは知る人ぞ知る役者と業界に広く知られた人々だが、それは過去の話。現在はまったくの行方不明・音信不通・生死すら分からない人々ばかりである。

 

辿って辿って、ようやく見つかった人から得られるのは、彼ら彼女らの、特撮時代の物語。全てが美しく華々しいものではなく悲しい別れや嫉妬など、暗い一面を含んだものもあるが、それもその時代を生きた彼らの青春だ。

 

 

この物語の魅力は、神部実花の「仕事」ぶりだと思う。行方の知れない彼ら彼女らを求める神部実花の仕事は地道の一言に尽きる。人脈を辿って聞き込みを行い、様々な場所へ飛び込みで情報を求め、か細い手がかりをじっくりと辿る。「ああいう仕事って、才能や努力も必要だけど、つまるところ執念なんだって」これはかつて造形を志した登場人物の台詞だが、神部実花の仕事もまた執念のものだ。壁にぶつかり、葛藤し、それでもやれることを地道にやる。「それが私の仕事ですから」と彼女はさらりと言うが、それを成せることに彼女の仕事に対するプライドがうかがえ、読んでいて気持ちがいい。

 

彼女の仕事の背景にある、彼女を可愛がっていた巨匠、篠ノ井昭太郎の言葉はべらぼうにこころに来る。自分の行動の意味を見失いそうになったとき、この言葉を思い出し、踏ん張れるようになりたい。

「常に目指すものがあって、そこに向かって歩き続けられる。それが一番幸せなんだ」

「人は誰だって途中でくたばるんだ。それでも歩き続けるのが大事なんだよ」

「あなたは自力であの言葉の意味を悟った。それこそが大事なんだよ」

 

仕事とは。自分が何のために戦っているのか。自分が誇りに思うような仕事ができているか。それをもう一度考えさせられるような、良作だったと思います。